◇過ぎた想い出
菖蒲が咲くと、煉獄のことを思い出す。
「極楽があるならば、このような場所だろうな!」
自邸の離れに呼んだ時、煉獄はその太陽のような瞳を輝かせて、とても綺麗だとはしゃいでいた。
自邸より少し離れた所に作った庭は、趣味で外国の派手な花も植えていた。以前話した時、ぜひ見てみたいと言っていたから連れてきたのだが、呼んだ甲斐があった。
こんなにも華やかな庭は、見たことがないと言って、満開の笑みを咲かせてくれたからだ。
その庭の中でも池の傍に咲く菖蒲を見て、煉獄はとても美しいと褒めていた。馴染み深い紫ではなく、白の素朴な菖蒲だった。派手な色を好む俺にしては珍しい花だが、なんとなく気に入って植えさせていたものだった。
「…大ぶりなのに白く輝いていて、ひときわ綺麗だ」
雨露に濡れた菖蒲はたしかに綺麗だったが、そんなに気に入ったのかと驚いたものだった。
煉獄は、あまり見ない白の菖蒲が珍しいのか、翌日になっても飽きずに見ていた。濃密な一夜を過ごして疲れただろうに、朝早く起きて、布団の中から庭を眺めていた。
花に夢中なのは面白くないから、布団から少しはみ出た躰を引き寄せ、優しく腕の中に閉じ込めると、君は庭まで美しいのだなと綺麗に笑っていて、それはこっちの台詞だと言った記憶がある。
今年もまた、白の菖蒲が咲いた。
あれから幾度か、煉獄は庭を見に来ては菖蒲を褒めそやしていた。紫の菖蒲も美しいが、白の菖蒲も可憐で美しいと、張りのある穏やかな声で言っていたのが懐かしい。庭の敷石にしゃがみこんで、凛と咲く花に手を寄せ楽しんでいた姿が、今でも鮮やかに愛しい記憶として染み付いている。
「…今年も咲いたぜ、煉獄」
煉獄が俺の庭で、花を見て戯れているのが好きだった。軒先から煉獄と並んで座り、庭を見ながらたわいもない話をするのも好きだった。部屋の中から熱心に庭を眺めているのは、嫉妬してしまうくらい可愛らしくて、そんな煉獄に覆いかぶさって暖めてやるのも好きだった。
「お前に今年も見せてやりたかったんだがなあ」
煉獄が居なくなってからも、庭には変わらず菖蒲が咲く。菖蒲を見れば、忘れることのできない鮮やかな記憶達が、きらきらと俺を照らしてくれる。
それはあまりに眩しすぎて、視界が滲むほど、切ない。
「…それとも」
庭に出て、菖蒲の咲く池のほとりに立つ。敷石の上で膝を折り白い菖蒲に顔を近づけた。花は今年も大ぶりに咲き、昨日の雨露を纏った菖蒲は、とても可憐で、美しかった。
「お前がこの庭を極楽みたいだって言ったように、あっちに咲く菖蒲の花を見てんのかね」
そうだったら嬉しいなあと思い、空を見上げる。昨日泣いているかように降った雨は止み、煌々と輝く太陽と共に、雲間に薄らと虹色が並んでいる。
ーいつかまた、お前と花菖蒲を見たい。俺は地獄に落ちるかもしれないから、来世で極楽の花がどれほど美しかったか教えて欲しい。
そうしたら、一頻り笑ったあと、お前を腕の中に抱き締めよう。
手の内の花が、頷くように風に揺れる。立ち上がった俺は、庭を一瞥した後、想い出の詰まった屋敷の中へと戻って行った。