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◇いつかの想い出 全年齢
 

 

 

 


「嫁御が三人いる生活とは、どうなんだ」

煉獄は、欄干に寄りかかって花見をする、横の伊達男に声をかけた。
手には甘酒と、煉獄のぶんも乗った団子屋の皿がある。甘酒をくいっと呷る喉仏は、綺麗に隆起していて、それが上下するのを見ると、煉獄は落ち着かない気持ちになる。
宇髄は煉獄の言葉を受け、静かに考えたのち口を開いた。

「毎日に張りがあるな。三人とも良く働くし、気立ても良くて、何より美人だ。あいつらが居るだけで、屋敷に花が咲いたように感じる。しかも、一人だけじゃなくて、それが三人も居るとなると、天上に居るみてぇだな。」
「…そうか。それは、良かったな」

宇髄のさも当然のような言葉を聞いて、煉獄は苦笑した。どちらかと言うと、ため息に近い。宇髄が嫁にかける愛の深さは、煉獄もよく分かっていた。

たとえ、秘めた仲ではあろうとも、宇髄の嫁達には敵わない。もちろん煉獄は、宇髄の嫁達との関係を邪魔することなど、許されないとも思っている。

「…だけどよ」

宇髄続けて口を開く。先程とは違った声色に、煉獄は怪訝そうに彼の顔を見上げた。

「お前が居ないと、ずっと胸が空いた心地がするんだ」

煉獄は目を見開いた。蕾を付けたばかりの桜の枝が、ゆらゆら風に揺れている。

「朝も夜も、お前と居られればと思う。嫁と居る時も、ふとお前の姿を探してしまう」
「…そ、それは…如何なものだろうか…」

宇髄が、煉獄の手の内にある団子の串を取り、皿へと乗せた。そうして、皿と空になった陶器を欄干の上に置くと、煉獄の手を取って、優しく包んだ。

「…俺は嫁を、三人とも等しく愛している。けどな、俺はお前を、嫁とは別軸で、一人の男として愛している」

ざあっと、木々達が風に煽られ、少し綻んでいた蕾がさらわれた。早咲きの桜は、煉獄の顔の如く、紅玉の花弁を揺らしている。

「…なあ、煉獄。いつか、平穏な世の中になったら、俺と一緒になってはくれないか」
「…それは無理だろう。嫁もいて、しかも男となんて…」
「俺が嫌だ、っつうわけではないんだな」
「…!」
「勿論、大っぴらには出来ねぇ関係だが、俺はお前と連れ合いになりたい」

なんなら、嫁も三人付いてくるぜ。嫁の方は、手前の旦那の新しい旦那だって言えば、てんで構わないだろうさ。あいつら、お前のことかなり気に入ってるしよ。時々嫉妬しちまうくらいに。

そう言って煉獄の顔に手を寄せ、軽そうでいて真摯に問う宇髄の顔も、珍しく薄紅色に染っている。ひらりと落ちた桜の花弁が、煉獄の髪にかかるのを見て、宇髄はその金糸に手を絡めた。

「…旦那か!それは良いな!」

惚けたように口を開けていた煉獄は、ぷッと口から息を吹いたあと、腹を抱えて笑いだした。そうしてそのまま、宇髄の胸にしなだれ掛かり、その胸に重みを乗せて大きく笑う。

「…俺は、重いぞ!それでも良いか!」

破顔して、幸せそうに笑いながら、煉獄は言う。それを愛しそうに見つめながら宇髄は、涙が零れたわけでもない煉獄の目元を優しく拭った。

そうして、その返事とばかりに煉獄をいきおい持ち上げて、青空を抱えて笑う太陽に言った。

「嫁もお前も、ド派手に抱えてやるよ!旦那様!」

陽光が差す橋の上で、桜の枝が二人を隠すように揺れる。柔らかな花びらが舞う中で、二人の影が堪えきれず、そっと重なった。

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